予見可能性について

学校におけるいじめ自死事案において、学校の責任が認められるためには、結果についての予見可能性が必要であるという考え方が一般的です。しかし、予見の対象としての結果をどう考えるか(最終結果としての「自死」なのか、それよりも前のいずれかの段階なのか)、予見の程度をどの程度とするべきか、予見可能性の基礎事情としてどのような事情を考慮するか、などの点について様々な考え方があります。以下では、本訴訟において原告らが主張したところをご紹介します。

第1 総論

1 予見可能性についての考え方

(1)

不法行為による損害賠償についても民法416条の規定が類推適用され,特別の事情によって生じた損害については,加害者において右事情を予見し又は予見し得べかりしときに賠償責任を負う(大判大15.5.22民集5巻386頁,最一小判昭和48年6月7日民集27巻6号681頁等)。学校でいじめを受けた被害者が自殺により死亡した場合に,安全配慮義務を負う学校との関係で,これを特別の事情によって生じたものと解すると,前記判例の立場によれば,被害者の自殺による損害の賠償責任を学校が負うべきか否かは,学校において被害者の自殺を予見していたか否か,又は予見することができたか否かにかかることになる。

(2)

最三小昭和52年10月25日(裁集民122号87頁,判タ355号260頁),東京高判平成6年5月20日(判時1495号42頁),鹿児島地判平成14年1月28日(判時1800号108頁)などはいずれも,この判断の枠組みによったものであり,前記各裁判例によれば,安全配慮義務違反といじめ自殺との相当因果関係の前提として,被害生徒がいじめにより自殺するに至ることについて学校として,その当時,予見し,又は予見することを得べかりし状況があることを要する。

2「予見し又は予見することを得べかりし状況」

(1)予見の対象

  1. 最判平12年3月24日(民集54巻3号1155頁,判時1707号87頁)の評釈は「疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると労働者の心身の健康を損なうおそれがあることは周知のところであり,うつ病り患又はこれによる自殺はその一態様である。使用者又はその代理監督者が回避する必要があるのは,危険な結果を生む原因となる状態の発生であり,予見の対象も,右に対応したものとなる」として,相当因果関係の検討に際して予見すべき対象は「危険な結果を生む原因となる状態の発生」であるとしている。
  2. 福岡高判平成19年10月25日は,最判平12年3月24日に沿いながら更に押し進め,心身の変調のような結果を生む原因となる危険な状態の発生自体を回避する必要があるとしたうえ,現実に健康状態の変化を認識していなかったとしても,悪化するおそれがあると容易に認識し得たという場合には予見可能性があると判示した。
  3. 鹿児島地判平成14年1月28日(判時1800号108頁)は,不法行為における特別損害について,過失と当該結果との間に相当因果関係が認められるためには,不法行為者に結果発生の予見又は予見可能性が必要であって,いじめが継続し,その結果,「被害生徒が精神的に追い詰められていた状況」にあることを予見し又は予見することが可能であれば,少なくとも生徒が自殺することの予見可能性があったものということができると判示している。
  4. これら裁判例によれば,自死は心身の変調の結果として発生するものであり,精神的に追い詰められるなど心身に重大な変調をきたしたことを原因として,その結果生じる危険な結果である。だとすれば,教員における予見の対象は,被害生徒が「精神的に追い詰められていた状況」など,被害生徒の自死という「危険な結果を生む原因となるべき状態の発生」である。そして,現実に心身の重大な変調を認識していなかったとしても加害態様や被害状況等に照らし,いじめ等によって被害生徒が「精神的に追い詰められていた状況」など,危険な結果を生む原因となるべき状態の発生を予見し得たのであれば,生徒が自殺することの予見可能性があったものということができる。
  5. そうすると,安全配慮義務違反といじめ自殺との相当因果関係の前提となる予見の対象となる事実は,学校として本件自死当時,自殺の徴表行動など自殺を直接予見させる具体的事実のほか,いじめによって生徒が精神的に追い詰められた状況など,自死という危険な結果を生む原因となるべき状態の発生であり,これを予見し又は予見し得たのであれば,生徒が自殺することの予見可能性があったものということができる。

(2)予見可能性の判断要素

自殺を直接予見させる具体的事実のほか,被害者が精神的に追い詰められた状況など,自死という危険な結果を生む原因となるべき状態の発生について予見可能性があったか否かの判断要素として,裁判例は以下のような判断要素を挙げている。

  1. 秋田地判平成8年11月22日(判時1628号95頁,判タ941号147頁,判例地方自治167号60頁)は,自殺前に自殺念慮を窺わせる言動の有無から予見可能性を検討している。
  2. 横浜地判平成13年1月15日(判時1772号63頁,判タ1084号252頁)は,被害者と生徒らのトラブルが多数存在していた可能性,教員における被害者に関するトラブルの認識などを判断要素として予見可能性を検討している。
  3. 福岡地判平成13年12月18日(判時1800号88頁)はいじめを原因とする自殺の予見可能性について,中学校の教師らにおいて,被害生徒の自殺について予見可能性があったか否かを判断する前提として,教員が認識していた事実に加え,「家庭において自殺をすると窺わせる事情」について検討している。
  4. 前橋地判平成26年3月14日(判時2226号49頁)も,学校として把握していない家庭での自殺をほのめかす言動の有無を予見可能性の判断要素としているほか,突然の態度の変化,別れの準備をする行動,危険な行為の繰り返し,自傷行為に及ぶといった等の自殺の前兆行動から自殺の予見可能性を判断している。
  5. 福岡高判平成19年10月25日は,現実に健康状態の変化を認識していなかったとしても,健康状態が悪化するおそれがあると容易に認識し得たという場合には自殺について予見可能性ありとする判断を示している。
  6. 以上を総合すると以下の通りである。
    • 家庭や学校における自殺念慮を窺わせる自殺前の言動
    • 突然の態度の変化,別れの準備をする行動,危険な行為の繰り返し,自傷行為に及ぶといった等の自殺の前兆行動
    • 被害者に関して生じた可能性のあるいじめ等のトラブル
    • 被害者をめぐるいじめ等トラブルに関する教員の認識
    • 健康状態が悪化するおそれに関する事情
    過去の裁判例ではこれらの判断要素を重視しているが,主としていじめ被害を受けた児童生徒に関する自殺の前兆行動,徴表行動から自殺の予見可能性を検討している。
    そして,家庭での自殺念慮の表明など,教員が必ずしも具体的に認識していない事実関係についても,その認識可能性があれば判断要素としている(福岡地判平成13年12月18日,横浜地判平成13年1月15日,前橋地判平成26年3月14日,福岡高判平成19年10月25日等)。
    以上のように裁判例では,生徒の自死当時,教員らが実際に認識していた事実関係に限らず,家庭での前兆行動なども幅広く取り込んで予見可能性の判断要素としている。

(3)判断要素の範囲

また,以下のように裁判例では,教諭らが,予見義務に基づき,適切な調査を行っていれば把握できた事実関係,通常の教員に要求される観察義務を尽くしていれば認識し得た事実,いじめによる被害の実態を調査等により把握していれば認識し得た事実などを含めて,これら認識し得た事実に基づいて被害者が自死することが予見できたか否かを検討している。

ア 予見義務

東京高判平成14年1月31日(判時1773号3頁,判タ1084号103頁)は,いじめに関する報道,通達等によって,いたずら,悪ふざけと称して行われている学校内における生徒同士のやりとりを原因として小中学生が自殺するに至った事件が続発していることが相当程度周知されており,中学生が時としていじめなどを契機として自殺等の衝動的な行動を起こすおそれがあり,トラブル,いじめが継続した場合には,被害生徒の精神的,肉体的負担が累積,増加し,被害者に対する重大な傷害,被害者の不登校等のほか,場合によっては自殺のような重大な結果を招くおそれがあることについて学校は予見すべきであると判示し,重大な結果のおそれについて予見する義務(予見義務)を負うものと判断したものである。

イ 把握できた事実

新潟地判平成15年12月18日(判例地方自治254号57頁)暴行や無視などいじめ行為が自殺に結びつくほどの強度のものであったか否かに加え,教諭らが適切な調査を行っていれば把握できた事実関係を判断要素として例示し,教諭らが生徒の自殺を予見できたか否かを検討している。

福岡地裁小倉支部平成21年10月1日判決(判時2067号81頁)は,教諭が当時置かれた立場に立ち,教員に求められる通常の観察義務を尽くしていれば,被害者が衝動的に自殺を含めた何らかの極端な行動に出る可能性は認識し得たとして,通常の教員に要求される観察義務を尽くしていれば認識し得た事実に基づいて予見可能性を検討している。

東京高判平成26年4月23日(労判1096号19頁)は,被害者は少なくとも親しかった同僚には,加害者から受けた被害の内容を告げ,自殺の1か月ほど前から自殺をほのめかす発言をしていたのであるから,上司職員らにおいては,遅くとも,加害者の後輩隊員に対する暴行の事実が申告された時期以降,他の同僚から事情聴取を行うなどして加害者の行状,被害の実態等を調査していれば,被害者が受けた被害の内容と自殺まで考え始めていた被害者の心身の状況を把握することができたとして,被告国について被害者の自殺の予見可能性を認めた。そして被害者に元気がないなど変調に気付かなかったとしても,それは単に部下に対する配慮を欠いていたものとみるべきであり,上記判断を左右するに足りないと判示した。ここでも実態を把握していれば認識し得た事実からすれば自殺を予見できたと判示しており,具体的な認識だけでなく,調査などを通じて把握し得た事実をも判断要素に取り込んでいる。

第2 判断要素~悪質かつ重大ないじめ~

悪質かつ重大ないじめは,それ自体で必然的に被害生徒の心身に重大な被害をもたらし続けるものであり(福島地方裁判所いわき支部平成2年12月26日判タ746号116頁,判時1372号27頁)「いじめにより児童生徒が自らその命を絶つという痛ましい事件が相次いで発生している」ことは,公知の事実である(「いじめ問題への取り組みの徹底について」同日付文科初第711号文部科学省初等中等教育局長通知)。そして,悪質で重大ないじめを受けた子どもは,「いじめが収まるまで自分が耐えていけばよいと考えた挙げ句,耐え切れなくなって自殺を選ぶ」(平成18年以降のいじめ等に関する主な通知文と関連資料、資料2、40頁)。

第3 判断要素~自殺を予見させる徴表行動~

子どもに普段と違った顕著な行動の変化が現れた場合には,自殺直前のサインとしてとらえる必要がある。たとえば,「職員室前をうろうろしていた」「ひとりでぽつんとしていた」などと語られることがある。子どもの場合には,言動の変化を注意深く見ていくことが必要である。子どもに何らかの行動の変化が現われたならば,すべてが直前のサインと考える必要があり,言葉ではうまく表現できないことも多いので態度に現われる微妙なサインを注意深く取り上げる必要がある(文部科学省「教師が知っておきたい子どもの自殺予防」第2章「自殺のサインと対応」参照)。

特に,行動,性格の突然の変化,顕著な行動の変化,自殺にとらわれている状況,孤立を深めている状況など,以下のような言動は,自殺のサインとして深刻に受け止めるべき事実であり,下記の通り,当該児童生徒に自殺の危険が迫っていることは,これら一般的な知見からすれば当然予見することができるものであった。

第4 判断要素~いじめに関する報道,通達等~

いじめに関する報道,通達等によって,いたずら,悪ふざけと称して行われている学校内における生徒同士のやりとりを原因として小中学生が自殺するに至った事件が続発していることが相当程度周知されており,中学生が時としていじめなどを契機として自殺等の衝動的な行動を起こすおそれがあり,トラブル,いじめが継続した場合には,被害生徒の精神的,肉体的負担が累積,増加し,被害者に対する重大な傷害,被害者の不登校等のほか,場合によっては自殺のような重大な結果を招くおそれがあることについて学校は予見することが可能というべきである(東京高判平成14年1月31日判時1773号3頁,判タ1084号103頁に同旨)。

特に,いじめを原因として小中学生が自殺するに至った事件の存在が相当程度周知されていたことなどから,中学生が「いじめ」などを契機として自殺などの衝動的な行動を起こすおそれが高く,トラブルが継続した場合には被害者の精神的,肉体的負担が増加し,自殺のような重大な結果を招くおそれについて予見することが可能である(横浜地裁平成13年1月15日判時1772号63頁,判タ1084号252頁)。具体的には,以下のような報道によっていじめを原因とする児童生徒の自殺事案は相当程度周知されており,教員にとって常識として身に付けておくべき知見である。

2 報道等で周知されたいじめ事件

(1) はじめに

平成元年10月に岡山県鴨方町において暴行恐喝などのいじめを受けていた中学3年生の生徒が自殺した事案から,平成22年10月23日,群馬県桐生市の小学6年生の女子児童が,1年以上にわたるいじめを苦に自宅で自殺した事件まで,少なくとも30~40件以上の事案があるほか,「葬式ごっこ事件」として社会的に注目された中野富士見中学いじめ自殺事件(被害生徒が「このままじゃ生き地獄になっちゃうよ」と遺書に書き残したことでも知られている),愛知県西尾市の市立東部中学校2年の大河内清輝君が自殺した後に遺書が見つかり,悲惨ないじめの実態が社会問題になった大河内君いじめ自殺事件など,社会問題化した重大な事件を含む。これら事件は衝撃的ないじめ自殺として報道され,被害者となった児童生徒がいじめを苦に自殺する危険性があることは一般的にもよく知られているところである。

教育の専門職である教員であれば,これら報道された過去のいじめ自殺事案を踏まえて,いじめを発見した場合には最悪の場合,自殺に至るおそれがあることを常に予見しなければならず,また予見することは十分に可能である。

以下に述べるような,過去のいじめに関する報道等によって,いたずら,悪ふざけと称して行われている学校内における生徒同士のやりとりを原因として小中学生が自殺するに至った事件が続発していることは教員の間においても相当程度周知されており,中学生が時としていじめなどを契機として自殺等の衝動的な行動を起こすおそれがあり,いじめが継続した場合には,被害生徒の精神的,肉体的負担が累積,増加し,被害者に対する重大な傷害,被害者の不登校等のほか,場合によっては自殺のような重大な結果を招くおそれがあることについて学校は予見することが一般的に期待されると共に,これを常に予見するよう努めなければならない(東京高判平成14年1月31日判時1773号3頁,判タ1084号103頁に同旨)。

以下では,これまで一般に広く報道されたいじめを原因とする児童生徒の自殺事案を列記し,標準的,平均的な教員として有すべき,いじめを原因とする自殺に関する一般的な知見の水準を示す。

(2) 過去のいじめ自殺報道

  1. 平成元年10月,岡山県鴨方町において,殴られるなどの暴行を受けていたほか,金を脅し盗られるなどのいじめを受けていた中学3年生の生徒が自殺した。
  2. 平成3年9月,東京都町田市で,いじめを受けていた中学2年生女子が自殺したほか同年11月,大阪府豊中市の中学校校庭で,3年生4人から殴る蹴るの暴行を受けた3年生の女子生徒が死亡した。
  3. 平成4年11月,北海道苫小牧市で,いじめ被害を受けていた中学3年生が自殺した。
  4. 平成5年1月,山形県新庄市の中学校体育館用具室において,マットに巻かれた逆立ち状態にされて同中学校1年生の生徒が窒息死した。死亡した生徒は日常的にいじめの被害を受けていた。
  5. 同年1月,愛媛県松山市において,いじめ被害を受けていた中学3年生が自殺した。
  6. 同年1月,大阪府内の中学3年生2人が,以前からいじめの対象にしていた被害者に対してプロレスあるいは柔道と称して技を掛け,足蹴りするなどして暴行を加え,脳挫傷等により死亡させた。
  7. 同年3月,栃木県栃木市の中学校体操部部室において,いじめ被害を受けていた中学2年生の生徒が自殺した。
  8. 同年5月,秋田県合川町でいじめ被害を受けていた高校1年生の生徒が自殺した。
  9. 同年5月福岡県行橋市でいじめ被害を受けていた中学2年生の生徒が自殺した。
  10. 同年7月,北海道苫小牧市でいじめ被害を受けていた中学1年生の女子生徒が自殺した。
  11. 同年11月,滋賀県湖東町でいじめ被害を受けていた中学2年生が自殺した。
  12. 平成6年5月,岡山県総社市で殴られたり金を脅し盗られたりするなどのいじめ被害を受けていた中学3年生が自殺した。関係生徒7人が保護観察処分。
  13. 同年6月,愛知県安城市でいじめ被害を受けていた高校1年生の生徒が自殺。
  14. 同年7月,東京都江戸川区で,中学3年生の生徒がいじめを受けていたという遺書を残して自殺した。
  15. 平成6年7月,神奈川県津久井町の自宅で,転校してからいじめを受けていた中学2年生の生徒が自殺した。
  16. 同年8月,福島県相馬市で金を脅し盗られるなどいじめ被害を受けていた高校2年生の生徒が自殺した。
  17. 同年9月,岡山県倉敷市で,いじめを受けていた中学2年生の生徒が自殺した。
  18. 同年11月,愛知県西尾市において,殴られたり金を脅し盗られたりするなどいじめ被害を受けていた中学2年生が自殺した。
  19. 同年12月,愛知県岡崎市において,いじめ被害を受けていた中学1年生の生徒が自殺したほか,福島県石川町では,いじめ被害を受けていた中学3年生の生徒が遺書に同級生3人の名前を書き残して自殺した。
  20. 平成7年2月,いじめ被害を受けていた茨城県中学2年生の生徒が自宅2階で自殺した。同生徒は同級生から暴行を受けるなどいじめ被害を受けていたが,学校の調査によりいったん解決が図られたとされたところ,その後再び同級生に無視され「チクリマン」と呼ばれるなどの更なるいじめを受けていた。遺書にもいじめを受けていたことが書き残されていた。
  21. 同年4月,愛媛県松山市で,いじめを受けて6ヶ月ほど不登校状態に陥っていた中学2年生の女子生徒が自殺したほか,福岡県豊前市では中学2年生の生徒が,継続的に暴行などいじめを行っていた上級生や同級生9人の名前を記した上で「これは自殺じゃない他殺だ」と遺書に書き残して自宅で自殺した。また,奈良県橿原市でも,いじめ被害を受けていた中学2年生の生徒が自殺した。さらに長崎県長崎市においても,同級生男子に言葉の暴力を受けていた2年生の女子生徒が,いじめられたという遺書を残し自殺した。
  22. 同年5月,大阪府寝屋川市で,いじめ被害を受けていた専修学校生が自殺した。
  23. 同年11月,新潟県中学1年生が,無視されるなどいじめを受けている遺書を書き残して自宅駐車暢のバスケットボールのゴールにロープを掛けて首を吊り自殺した。調査の結果,同級生から無視される,服を脱がされる等のいじめを受けていた。
  24. 平成8年1月,兵庫県高校1年生の女子生徒が,踏切の遮断機をくぐり抜けて電車に飛び込んで自殺した。女子生徒は,暴力のいじめではなく態度のいじめであると遺書に書き残していた。また福岡県でも,中学3年生の男子生徒が,蹴られたり,お金を要求されて30万円取られたりしていたなどと遺書に書き残して自殺した。また,愛媛県では中学2年生の女子生徒が自宅で洋服タンスにスカーフを掛けて首吊り自殺した。女子生徒は家族に「男子が馬鹿,ブス,汚いなどというので学校に行きたくない」といじめ被害を受けていたことを話していた。
  25. 同年4月,茨城県関城町で,いじめ加害者として同級生3年の名前を遺書に書き残して,中学2年生の女子生徒が自殺した。
  26. 同年9月,鹿児島県中学3年生は,遺書に「同級生に殴られたり,金を要求された」などと書き残して,公民館の鉄製ハシゴにベルトで首吊り自殺した。
  27. 平成10年年3月,千葉県で中学2年生の生徒が,「先輩に脅されて8万円払った。あと4万円が払えない。ぼこぼこにされるなら死んだほうがましだ」などと遺書に書き残して自宅で首吊り自殺した。
  28. 同年12月,茨城県中学1年生の生徒が,「ぼくはもうたえられない。さようなら」と走り書きを残して自宅で自殺した。
  29. 平成12年6月,福岡県太宰府市内の私立高校2年生の生徒5人が,3人から30万円を恐喝して逮捕された。殴る蹴るの暴行を受けた被害者である同級生1人が4月に自殺した。
  30. 平成17年9月9日,北海道滝川市の滝川市立江部乙小学校に通っていた小学6年生の女子児童がいじめを苦に自殺した。当時,女子児童は1学期の席替えの際に多数の児童に性的魅力がないと中傷されるなどのいじめ被害を受けていた。救命措置を受けたが,平成18年1月に死亡した(滝川市立江部乙小学校いじめ自殺事件)。
  31. 平成18年10月11日,福岡県で中学2年生の男子生徒がいじめ被害を受けたという内容の遺書を残して自殺した。教師による加害生徒らに対する不適切な言動(いじめ行為に教員が加担したこと,いじめ被害の相談内容を漏示したことなど)がいじめ激化の契機になったことが明らかになるなど,社会的に注目された。
  32. 平成19年11月,同級生にズボンと下着を女子生徒がいる目の前で下ろされるなどのいじめの被害を受けていた少年が自殺した。担任教諭は落ち込んだ様子の被害生徒に理由を尋ねたが「魚が釣れない」「大丈夫」などと返答していたが,友人には「死にたい」と漏らしていた。
  33. 平成20年7月,兵庫県神戸市須磨区の私立滝川高校に通っていた当時高校3 年生の男子生徒がいじめを苦にして自殺した。学校側は当初いじめはないと報告したが,その後の調査でいじめ被害の実態が明らかになった。学校裏サイトを使用したいじめが行われていたことなどから社会的に注目を集めた。
  34. 平成22年10月23日,群馬県桐生市の小学6年生の女子児童が,1年以上にわたるいじめを苦に自宅で自殺した。前橋地裁平成26年3月14日判決(判例時報2226号49頁)は,被害生徒は他の児童から「臭い」,「汚い」,「きもい」と言われることがあり,夏休み直前から一人でいることが多くなったなどと認定した上で,児童がいじめを原因として自死した場合において,校長及び担任教諭に右児童に対するいじめ防止義務違反があり,右義務違反といじめにより右児童が受けた精神的苦痛との間に相当因果関係が認められるときは,市及び費用負担者たる県は,その損害について賠償する責任を負うとして,市と県に450万円の支払いを命じた。

(3) 小括

以上のように,中学生が「いじめ」などを契機として自殺などの衝動的な行動を起こすおそれが高く,トラブルが継続した場合には被害者の精神的,肉体的負担が増加し,自殺のような重大な結果を招くおそれがあることは,上記の報道などを通じて,教員にとって一般的な知見であるということができる(横浜地裁平成13年1月15日判時1772号63頁,判タ1084号252頁に同旨)。

3 国のいじめ問題に関する施策など

また,報道のみならず,文科省もいじめ問題に関する施策を通じて,いじめが自殺につながる危険性の周知徹底を進めている。具体的に,文科省は平成21年3月には「教師が知っておきたい子どもの自殺予防」を,平成22年3月には「子どもの自殺が起きたときの緊急対応の手引き」を作成し,各教育委員会及び学校に配付していた。「教師が知っておきたい子どもの自殺予防」のマニュアル及びリーフレットでは,自殺の心理(自殺に追いつめられる子どもの心理)に関しての共通点として,孤立感,絶望感,無価値感(自尊感情の喪失),心理的視野狭窄など注意すべきポイントを一般的な知見として提示している。教育の専門職である教員としては,これら文科省が通知し,あるいは提供した資料,情報,マニュアル等に精通し,いじめを発見した場合には最悪の場合,自殺に至るおそれがあることを常に予見しなければならず,また予見することは十分に可能であるということができる。

(1) 国の教育及びいじめ問題に関する施策

公立学校の教員は,学校における教育活動及びこれに密接に関連する生活関係において,生徒の安全に配慮し,他の生徒の行為により,生徒の生命,身体や財産等が害されないよう,当該状況に応じて適切な措置を講ずる義務があると解される。特に,当該生徒がいわゆるいじめを受けている場合には,いじめの兆候を見逃さず,早期発見に努め,又はいじめの訴え等があった場合には適切に対応し,いじめの事実関係を把握し,いじめている生徒にも適切な指導を加えて,いじめを受けている生徒の生命や身体等の安全を確保することが求められるというべきである(鹿児島地判平成14年1月28日判時1800号108頁)。

文部省や教育委員会等の各種通知や資料等は,教育の専門家として求められる注意義務の措定について意義があると共に(上記鹿児島地判に同旨),予見可能性を検討する前提として,一般的,標準的な教員が通常有すべき知見(知識,経験,情報等)の基本的,平均的な水準を措定するものとしても意義がある。

  1. 深刻化するいじめ問題に関して,旧文部省は昭和60年4月,「児童生徒の問題行動に関する検討会議」を設置し,同会議は,同年6月28日,問題解決のために教育関係者が緊急に講ずべき措置等を取りまとめ,「児童生徒の問題行動に関する検討会議緊急提言-いじめの問題の解決のためのアピール」を公表した。
  2. 旧文部省は,上記提言を受けて,同月29日,各都道府県教育委員会教育長,各都道府県知事及び附属学校を置く各国立大学長宛てに,「児童生徒のいじめの問題に関する指導の充実について」(同日付け文初中第201号文部省初等中等教育局長通知)を発出した。これは,前記緊急提言の趣旨を踏まえ,いじめ問題の対策につき所要の措置を講じるとともに,管下の関係機関に周知徹底し,学校教育等の関係者がいじめの問題の重大性を認識し,この問題に積極的に取り組むよう指導したものである。
  3. 旧文部省は,同年10月25日,各都道府県教育委員会教育長宛てに,「いじめの問題に関する指導の徹底について」(同日付け文初中第244号文部省初等中等教育局長通知)を発出し,検討会議緊急提言の趣旨を踏まえ,いじめ問題に関する指導充実を進めるべく「いじめの問題に関する指導の状況に関するチェックポイント」以下,昭和60年版チェックポイントという)を活用して,各教育委員会として学校における取組の状況について調査,把握し,いじめ対策のさらなる充実を図るように通知するとともに,「いじめの問題に関する指導状況等に関する調査実施要領」に基づいて調査の上,提出するように通知,依頼した。
  4. 旧文部省は,上記調査結果を受けて,昭和61年2月21日,各都道府県教育委員会教育長宛てに,「いじめの問題に関する指導状況等に関する調査結果について」(同日付け文初中第244号文部省初等中等教育局長通知)を発出した。そして,上記調査の結果,多数のいじめ事案が確認されていたことから,前記通知において,各教育委員会,学校に於いて,昭和60年版チェックポイントに基づき,いじめ問題に関する指導や取組について再点検を行い,適切な措置を講じるよう依頼した。さらに,その調査結果から,特に改善を図る必要があると考えられる点を示し,各都道府県教育委員会に対し,今後それらの点について十分配慮の上,施策の一層の充実を図るとともに,管下の市町村教育委員会及び学校に対する指導を更に徹底するよう依頼した。
  5. また文部大臣(当時)は前記通知を発した際に,「いじめの問題の根絶について」と題する談話を発表し,各学校,各教育委員会に対して,いじめ問題の根絶に向けて積極的に取り組むように求めた。
  6. 旧文部省は,平成6年7月,「児童生徒の問題行動等に関する調査研究協力者会議」(以下,調査研究協力者会議という)を設置して,小・中・高等学校の児童生徒及びその保護者並びに教師を対象としたアンケート調査やいじめ等に関する事例研究を行った。
  7. 同年11月27日,愛知県西尾市の市立東部中学校2年の大河内清輝君が自宅裏庭で自殺した。死後,「自殺理由は今日も,4万とられたからです。そして,お金がなくて,『とってこませんでした』っていっても,いじめられて,もう一回とってこいっていわれるだけだからです」などと記された遺書が見つかり,悲惨ないじめの実態が社会問題になった。これを受けて旧文部省は,同年12月9日,緊急の対策として,「いじめ対策緊急会議」を開催し,同会議は,当面,緊急に対応すべき点について,「緊急アピール」を発表した。
  8. 旧文部省は,同月16日,各都道府県教育委員会,各都道府県知事及び附属学校を置く各国立大学長宛てに,「いじめの問題について当面緊急に対応すべき点について」(同日付け文初中第371の1号文部省初等中等教育局長通知)を発し,上記「緊急アピール」を引用し,これを踏まえていじめ問題について積極的に必要な措置を講ずるとともに,学校その他関係機関に周知徹底し,その対応に積極的に取り組むよう指導した。
  9. 旧文部省は,上記依頼に当たって,具体的に点検すべき項目の参考例として,昭和60年版チェックポイントに,上記通知の趣旨を加えた「いじめの問題への取組についてのチェックポイント」を示した。
  10. 「いじめ対策緊急会議」は検討結果を「いじめの問題の解決のために当面取るべき方策について」と題して報告をした。前記報告では,いじめの問題に関して,学校,教育委員会などそれぞれにおいて,取り組むべき指針が示された。
  11. 旧文部省は,平成7年3月13日,各都道府県教育委員会,各都道府県知事及び附属学校を置く各国立大学長宛てに,「いじめの問題の解決のために当面取るべき方策等について」(同日付け文初中第313号初等中等教育局長通知)を発出し,前記報告の趣旨を理解の上,いじめ問題の解決のための施策についてさらなる徹底と充実を図るよう依頼した。
  12. その後,いじめを背景とした児童生徒の自死事案が続発した。これを受けて旧文部省は,同年12月15日,各都道府県教育委員会教育長,各都道府県知事及び附属学校を置く各国立大学長宛てに,「いじめの問題への取組の徹底等について」(同日付け文初中第371号文部省初等中等教育局長通知)を発し,従来の通知の趣旨を徹底するように通知するとともに,いじめ問題への取組状況を精査し,取組の現状や効果などについて調査するとともに,より充実した対策を進めるため「いじめの問題への取組についての総点検調査」を実施するため,調査実施要領を提示すると共に,これに基づく調査を依頼した。
  13. 平成8年に入ってからも,いじめを背景とする児童生徒の自死事案が続発した。これを受けて文部大臣は,同年1月30日,「緊急アピール,かけがえのない子どもの命を守るために」を公表するとともに,同日,旧文部省は,各都道府県教育委員会教育長,各都道府県知事及び附属学校を置く各国立大学長宛てに,「いじめの問題に関する文部大臣緊急アピールについて」(同日付け文初中第371号文部省初等中等教育長,生涯学習局長通知)を発出し,学校などに対して同アピールを送付した。
  14. 調査研究協力者会議は,平成8年7月16日,「いじめの問題に関する総合的な取組について~今こそ,子どもたちのために我々一人一人が行動するとき」と題する報告を取りまとめた。これを受けて,旧文部省は,同月26日,各都道府県教育委員会教育長,各都道府県知事及び附属学校を置く各国立大学長宛てに,「いじめの問題に関する総合的な取組について」(同日付け文初中第386号文部省初等中等教育局長,生涯学習局長通知)を発出し,いじめ問題への総合的な取り組みを進めるよう通知した。
  15. 調査研究協力者会議は,平成10年3月24日,「学校の『抱え込み』から開かれた『連携』へ,問題行動への新たな対応」を提言として取りまとめ,これを受けて,旧文部省は,同年4月30日,各都道府県教育委員会教育長,各都道府県知事及び附属学校を置く各国立大学長宛てに,「児童生徒の問題行動への対応のための校内体制の整備等について」(同日付け文初中第313号文部省初等中等教育局長通知)を発し,提言の趣旨及び学校の安全確保について徹底するよう通知した。
  16. 旧文部省は,平成12年5月,「少年の問題行動等に関する調査研究協力会議」を設け,同会議は,平成13年4月,「心と行動のネットワーク,心のサインを見逃すな,『情報連携』から『行動連携』へ」と題する報告を取りまとめた。これを受けて,文科省は,平成13年4月13日,各都道府県教育委員会教育長,各都道府県知事及び附属学校を置く各国立大学長宛てに,「少年の問題行動等への対応のための総合的な取組の推進について」(同日付け文科初第82号文部科学省初等中等教育局長,生涯学習政策局長,スポーツ・青少年局長通知)を発し,上記報告の徹底を通知した。
  17. 文科省は,平成15年7月22日,各都道府県・指定都市教育委員会教育長,各都道府県知事,附属学校を置く各国立大学長及び国立久里浜養護学校長宛てに,「児童生徒の問題行動等への対応の在り方に関する点検について」(同日付け文科初第490号文部科学省初等中等教育局長通知)を発出し,いじめなどの問題行動に対する学校における取組の在り方についての点検項目例を示し,学校における管理・指導体制等について,点検を実施するよう通知した。
  18. 文科省が実施した平成15年度の問題行動調査の結果,「暴力行為」及び「いじめ」の発生件数が増加した。文科省は,「生徒指導上の諸問題に関する調査研究会」に対し,「暴力行為」及び「いじめ」の発生件数の増加の原因等について調査分析を委託し,同研究会は上記調査分析の結果を,平成17年6月,「生徒指導上の諸問題に関する調査研究報告書」として公表した。
  19. 平成15年3月20日,文科省が設置した中央教育審議会は,「新しい時代にふさわしい教育基本法と教育振興基本計画の在り方について」と題する答申を公表した。前記答申では「いじめ,校内暴力の『5年間で半減』を目指し,安心して勉強できる学習環境づくりを推進する」ことが掲げられた。
  20. 平成17年,北海道滝川市の滝川市立江部乙小学校に通っていた小学6年生女児がいじめを背景として自殺したほか,平成18年10月には福岡の中学2年生の少年がいじめを苦に自殺する事件など,いじめに関連する自死事案が相次いだ。これを受けて文科省は平成18年10月19日,「いじめ問題への取組の徹底について」と題する通知(同日付け文科初第711号文部科学省初等中等教育局長通知)を各都道府県教育委員会教育長,各指定都市教育委員会教育長,各都道府県知事,附属学校を置く各国立大学法人学長宛て発出した。同通知では,いじめにより児童生徒が自らその命を絶つという痛ましい事件が相次いで発生していることは極めて遺憾であり,これらの事件では子どもを守るべき学校・教職員の認識や対応に問題がある例や自殺という最悪の事態に至った後の教育委員会の対応が不適切であった例が見られ,保護者をはじめ国民の信頼を著しく損なっているという問題の認識が示された。文科省はかかる認識に基づき,都道府県・指定都市教育委員会にあっては所管の学校及び域内の市区町村教育委員会等に対して,都道府県知事にあっては所轄の私立学校に対し,いじめにより児童生徒が自殺する痛ましい事件が相次いで発生していること,いじめの早期発見,早期対応を積極的に進めるべきことなどを内容とする同通知について周知を図るとともに,適切な対応がなされるよう指導した。
  21. その後も,いじめ問題をはじめとした児童生徒の問題行動は依然として極めて深刻な状況にあり,いじめにより児童生徒が自らの命を絶つという痛ましい事件が相次いだことから,児童生徒の安心・安全について国民間に不安が広がっているとして,平成19年2月5日,文科省は「問題行動を起こす児童生徒に対する指導について」(同日付け文科初第1019号文部科学省初等中等教育局長通知)を各都道府県教育委員会教育長,各指定都市教育委員会教育長,各都道府県知事,附属学校を置く各国立大学法人学長宛てに発出した。同通知では,第一に未然防止と早期発見・早期対応の取組が重要であり,いじめの問題への対応では,いじめられる子どもを最後まで守り通すことが児童生徒の生命・身体の安全を預かる学校としては当然の責務であること,いじめる子どもに対しては毅然とした対応と粘り強い指導により,いじめは絶対に許されない行為であることを認識させる必要があることなどを,所管の学校等に対して周知徹底を図るとともに,適切な対応を積極的に進めるよう通知した。
  22. 子供の自殺防止に関して,平成19年3月,文科省が設置した「児童生徒の自殺予防に向けた取組に関する検討会」において取りまとめられた「子どもの自殺予防のための取組に向けて(第1次報告)」が公表された。
  23. 平成19年6月26日,文科省は児童生徒の自殺防止について「児童生徒の自殺防止に向けた取組の充実について」(平成19年6月26日付け初児生第13号初等中等教育局児童生徒課長通知)において,前記の第1次報告を踏まえ,その取組の充実を図るよう各教育委員会を通じて学校に周知徹底した。
  24. また,前記の第1次報告を踏まえ,平成21年3月には「教師が知っておきたい子どもの自殺予防」を,平成22年3月には「子どもの自殺が起きたときの緊急対応の手引き」を作成し,各教育委員会及び学校に配付した。配付先には本件大津市立皇子山中学校も含んでいる。
  25. その後,平成21年度の調査結果では,いじめの認知件数が約7万3千件と依然として相当数に上ることなど生徒指導上憂慮すべき状況が見られるとして,文科省は平成22年9月14日,「平成21年度児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査結果について」と題する通知(22初児生第25号文部科学省初等中等教育局児童生徒課長通知)を各都道府県教育委員会指導事務主管部課長,各都道府県私立学校主管部課長,附属学校を置く各国立大学法人の長,株式会社立学校を認定した市町村担当部課長宛てに発出した。同通知では, いじめの問題への取組の基本として,いじめの定義と個々の行為がいじめに当たるか否かの判断を表面的・形式的に行うことなくいじめられた児童生徒の立場に立って行うことが原則であることを再度徹底する必要があること,「いじめは人間として絶対に許されない」との意識を,学校教育全体を通じて児童生徒一人一人に徹底するとともに,いじめる児童生徒に対しては毅然とした対応と粘り強い指導が必要であることなど,いじめ対策をさらに徹底するよう通知した。
  26. その他,平成23年6月1日には「児童生徒の自殺が起きたときの背景調査の在り方について」(同日付け文科初第329号文部科学省初等中等教育局長通知),「児童生徒の自殺等に関する実態調査について」(同日付け初児生第8号文部科学省初等中等教育局児童生徒課長通知)を各都道府県教育委員会指導事務主管課長,各指定都市教育委員会指導事務主管課長,各都道府県私立学校主管課長,附属学校を置く各国立大学法人の担当課長,小中高等学校を設置する学校設置会社を所轄する構造改革特別区域法第12条第1 項の認定を受けた各地方公共団体の担当課長宛てに発出した。

(2) 「教師が知っておきたい子どもの自殺予防」のマニュアル及びリーフレット

平成21年3月27日,文科省は児童生徒の自殺予防について「子どもの自殺予防のための取組に向けて」(第1次報告)を受け,平成20年3月から調査研究協力者会議を設置し,学校現場における自殺予防方策について専門家や学校関係者による調査研究を実施した。同会議の取りまとめとして「教師が知っておきたい子どもの自殺予防」のマニュアルを作成し(以下,自殺予防マニュアルという),大津市教育委員会及び同市立皇子山中学校ほか,各教育委員会及び各学校に配付した。なお,皇子山中学校では,国の「自殺予防マニュアルマニュアル」の記載内容を一部引用して独自に策定した「皇子山中学校作成いじめ対策マニュアル」(乙イ11号証の1)を策定し,本件自死当時,実際に運用していた。

② 自殺のサインと対応

自殺予防マニュアル第2章「自殺のサインと対応」では9頁にわたって,子どもが生きるエネルギーを失って死を思うほど苦悩するとき,教師がどう向き合い,どう支えていったらいいのか,自殺の危険が高まった子どもへの具体的な関わり方について一般的な知見を提供している。以下はその具体的な内容である。

ア 自殺の心理(自殺に追いつめられる子どもの心理)

自殺はある日突然,何の前触れもなく起こるというよりも,長い時間かかって徐々に危険な心理状態に陥っていくのが一般的である。自殺にまで追いつめられる子どもの心理について次のような共通点を挙げることができる。

  1. ひどい孤立感:「誰も自分のことを助けてくれるはずがない」「居場所がない」「皆に迷惑をかけるだけだ」としか思えない心理に陥っている。現実には多くの救いの手が差し伸べられているにもかかわらず,そのような考えにとらわれてしまうと,頑なに自分の殻に閉じこもってしまう。
  2. 無価値感:「私なんかいない方がいい」「生きていても仕方がない」といった考えがぬぐいされなくなる。生きている意味など何もないという感覚にとらわれてしまう状態。
  3. 強い怒り:自分の置かれているつらい状況をうまく受け入れることができず,やり場のない気持ちを他者への怒りとして表す場合もある。
  4. 苦しみが永遠に続くという思いこみ:自分が今抱えている苦しみはどんなに努力しても解決せず,永遠に続くという思いこみにとらわれて絶望的な感情(絶望感)に陥る。
  5. 心理的視野狭窄:自殺以外の解決方法が全く思い浮かばなくなる心理状態(自殺念慮)。
イ 自殺直前のサイン

子どもに普段と違った顕著な行動の変化が現れた場合には,自殺直前のサインとしてとらえる必要がある。たとえば,「そういえば…,職員室前をうろうろしていたなあ」「ぼーっと,ひとりでぽつんとしていたよね」などと語られることがある。子どもの場合には,言動の変化を注意深く見ていくことが必要である。

子どもに何らかの行動の変化が現われたならば,すべてが直前のサインと考える必要があり,言葉ではうまく表現できないことも多いので態度に現われる微妙なサインを注意深く取り上げる必要がある。

  1. これまでに関心のあった事柄に対して興味を失う。
  2. 注意が集中できなくなる。
  3. いつもなら楽々できるような課題が達成できない。
  4. 成績が急に落ちる。
  5. 不安やイライラが増し,落ち着きがなくなる。
  6. 投げやりな態度が目立つ。
  7. 身だしなみを気にしなくなる。
  8. 健康や自己管理がおろそかになる。
  9. 不眠,食欲不振,体重減少などのさまざまな身体の不調を訴える。
  10. 自分より年下の子どもや動物を虐待する。
  11. 学校に通わなくなる。
  12. 友人との交際をやめて,引きこもりがちになる。
  13. 家出や放浪をする。
  14. 乱れた性行動に及ぶ。
  15. 過度に危険な行為に及ぶ,実際に大怪我をする。
  16. 自殺にとらわれ,自殺についての文章を書いたり,自殺についての絵を描いたりする。
ウ 対応の原則

自殺の危険が高まった子どもへの対応については次のようなTALKの原則が求められる。

  1. Tell: 言葉に出して心配していることを伝える
  2. Ask:「 死にたい」という気持ちについて,率直に尋ねる
  3. Listen:絶望的な気持ちを傾聴する:徹底的に聴き役になることが予防の第一歩になる。助けを求めたいのに救いの手を避けようとしたり拒否したりと矛盾した態度や感情を表す子供もいる。不信感が根底にあることが多く,そういった言動に振り回されて一喜一憂しないようにすることが大切である。
  4. Keep safe:安全を確保する:危険と判断したら,まずひとりにしないで寄り添い,他からも適切な援助を求める。

(3) 『いじめに関する校内研修ツール』など

  1. 平成21年6月,国立教育政策研究所は,いじめの未然防止の取組を行う際に必要な教職員の共通理解構築に活用するため『いじめに関する校内研修ツール』のほか,平成16年度から平成18年度までに実施した追跡調査の結果と解説をまとめた『いじめ追跡調査2004-2006 いじめQ&A』の2点から構成した資料を作成し,本件大津市立皇子山中学校を含む全国各地のすべての学校に配付し,校内研修を進めるよう依頼した。担任教諭その他関係各教員は,いずれも「いじめに関する校内研修ツール」による研修を赴任校において受講している。
  2. 「いじめに関する校内研修ツール」は,①自己点検シート,②点検内容の解説,③研修会アンケート,④「いじめに関する校内研修ツール」を用いた研修会実施要領(実施担当者用)の4点から構成された「校内研修支援キット」である。①自己点検シートには質問事項と並んで回答欄があり,選択肢として「はい・いいえ」の2つがあり,受講した教員の考え方や感じ方,取り組み方に近い方を選んで答える形式となっている。
  3. 回答後はシート内の指示に従って「点検内容の解説」を読んで,教員が忘れかけていたり,見過ごしがちだったりしているのは,どのような点なのか,それらをどのように補っていけばよいのか,等について一般的な知見に基づいて解説している。
  4. 担任教諭その他関係各教員が受講した又は受講すべき「自己点検シート」質問事項には「いじめが本当に深刻なら,親や教師に訴えてくるものだと思う」との記載がある。
  5. この設問に関する解説は「親や教師に相談できないからこそ,いじめが深刻な問題になる」「いじめの被害者の多くは,被害の事実を大人や友人に相談することをためらいます。なぜなら,他人に知られたくない秘密を理由にいじめられていたり,いじめられていること自体を恥ずかしいと感じていたりするからです」「また,被害を受けていることを告げることで,相手を心配させたくない・相手を悲しませたくない,という気持ちが働く場合もありますし,大人や友人に伝えたことが知れて,加害者が自分の秘密を公開したり,一層ひどいいじめを受けることになるのではないか,ということを恐れる場合もあります」と解説した上で「その結果,いじめが収まるまで自分が耐えていけばよいと考えた挙げ句,耐え切れなくなって自殺を選ぶ子どもまでいるのです」として,いじめ被害を放置した場合,被害生徒児童が自殺を選ぶ場合があることを説明,解説している。
  6. 以上の「いじめに関する校内研修ツール」に基づく研修を担任教諭その他関係各教員は平成23年10月までには受講し,あるいは受講するものとされ,いじめ問題と子どもの自殺に関する教師として身に付けるべき一般的かつ標準的な知見とされていた。
  7. また,「いじめに関する校内研修ツール」と同時に配付され,各教員が精読すべき資料とされる「いじめ追跡調査2004-2006 いじめQ&A」には「これまでも,『深刻ないじめは,どの学校,どのクラス,どの子どもにも起こりうる』ことが明言されてきました。そして,この提言が科学的な裏付けのあるものであることが改めて確認された今,とられるべき対応・対策は,おのずから未然防止中心のものにならざるを得ません。その際,『たった一度であっても,いじめに変わりはない』『その1回が致命的だったかも知れない』と考えていくことが大切であることは言うまでもないでしょう」との指摘が明確になされている。このように,たった一度のいじめでも,その一回が致命的な加害行為になりうることは,文科省の研究機関である国立教育政策研究所から全国の各教員に対し,当然,身につけておくべき知見として教示されているところである。

(4) いじめの定義の周知徹底

文科省は下記の通り,いじめの具体的な定義の周知徹底を図り,いじめ行為の早期発見,対応を全国の教員に促してきた。これにより,担任を含む各教員は,この定義に基づき容易にいじめ行為を把握し,いじめ被害について迅速に対応することが可能な状況にあった。

① 平成18年以前の日本文部科学省の定義

自分より弱い者に対して一方的に,身体的・心理的な攻撃を継続的に加え,相手が深刻な苦痛を感じているもの。起こった場所は学校の内外を問わない。

なお,個々の行為がいじめに当たるか否かの判断を表面的・形式的に行うことなく,いじめられた児童生徒の立場に立って行うこと。

② 平成18年以降の文部科学省による新定義

当該児童生徒が,一定の人間関係のある者から,心理的,物理的な攻撃を受けたことにより,精神的な苦痛を感じているもの。

なお,起こった場所は学校の内外を問わない。

③ いじめ防止対策推進法の定義

児童等に対して,当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって,当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう(第二条一項)

(5)文献

文科省がいじめ被害と自死との関係で,教員に対して一般的な知見を提供する内容の書籍として紹介していた文献は下記の通りである。教員としていじめ行為を認識した場合には,自死に発展する危険性があることをこれら各文献から身につけておくべき水準を示すものである。

以上

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