学校におけるいじめ自死事案において、学校の責任が認められるためには、結果についての予見可能性が必要であるという考え方が一般的です。しかし、予見の対象としての結果をどう考えるか(最終結果としての「自死」なのか、それよりも前のいずれかの段階なのか)、予見の程度をどの程度とするべきか、予見可能性の基礎事情としてどのような事情を考慮するか、などの点について様々な考え方があります。以下では、本訴訟において原告らが主張したところをご紹介します。
不法行為による損害賠償についても民法416条の規定が類推適用され,特別の事情によって生じた損害については,加害者において右事情を予見し又は予見し得べかりしときに賠償責任を負う(大判大15.5.22民集5巻386頁,最一小判昭和48年6月7日民集27巻6号681頁等)。学校でいじめを受けた被害者が自殺により死亡した場合に,安全配慮義務を負う学校との関係で,これを特別の事情によって生じたものと解すると,前記判例の立場によれば,被害者の自殺による損害の賠償責任を学校が負うべきか否かは,学校において被害者の自殺を予見していたか否か,又は予見することができたか否かにかかることになる。
最三小昭和52年10月25日(裁集民122号87頁,判タ355号260頁),東京高判平成6年5月20日(判時1495号42頁),鹿児島地判平成14年1月28日(判時1800号108頁)などはいずれも,この判断の枠組みによったものであり,前記各裁判例によれば,安全配慮義務違反といじめ自殺との相当因果関係の前提として,被害生徒がいじめにより自殺するに至ることについて学校として,その当時,予見し,又は予見することを得べかりし状況があることを要する。
自殺を直接予見させる具体的事実のほか,被害者が精神的に追い詰められた状況など,自死という危険な結果を生む原因となるべき状態の発生について予見可能性があったか否かの判断要素として,裁判例は以下のような判断要素を挙げている。
また,以下のように裁判例では,教諭らが,予見義務に基づき,適切な調査を行っていれば把握できた事実関係,通常の教員に要求される観察義務を尽くしていれば認識し得た事実,いじめによる被害の実態を調査等により把握していれば認識し得た事実などを含めて,これら認識し得た事実に基づいて被害者が自死することが予見できたか否かを検討している。
東京高判平成14年1月31日(判時1773号3頁,判タ1084号103頁)は,いじめに関する報道,通達等によって,いたずら,悪ふざけと称して行われている学校内における生徒同士のやりとりを原因として小中学生が自殺するに至った事件が続発していることが相当程度周知されており,中学生が時としていじめなどを契機として自殺等の衝動的な行動を起こすおそれがあり,トラブル,いじめが継続した場合には,被害生徒の精神的,肉体的負担が累積,増加し,被害者に対する重大な傷害,被害者の不登校等のほか,場合によっては自殺のような重大な結果を招くおそれがあることについて学校は予見すべきであると判示し,重大な結果のおそれについて予見する義務(予見義務)を負うものと判断したものである。
新潟地判平成15年12月18日(判例地方自治254号57頁)暴行や無視などいじめ行為が自殺に結びつくほどの強度のものであったか否かに加え,教諭らが適切な調査を行っていれば把握できた事実関係を判断要素として例示し,教諭らが生徒の自殺を予見できたか否かを検討している。
福岡地裁小倉支部平成21年10月1日判決(判時2067号81頁)は,教諭が当時置かれた立場に立ち,教員に求められる通常の観察義務を尽くしていれば,被害者が衝動的に自殺を含めた何らかの極端な行動に出る可能性は認識し得たとして,通常の教員に要求される観察義務を尽くしていれば認識し得た事実に基づいて予見可能性を検討している。
東京高判平成26年4月23日(労判1096号19頁)は,被害者は少なくとも親しかった同僚には,加害者から受けた被害の内容を告げ,自殺の1か月ほど前から自殺をほのめかす発言をしていたのであるから,上司職員らにおいては,遅くとも,加害者の後輩隊員に対する暴行の事実が申告された時期以降,他の同僚から事情聴取を行うなどして加害者の行状,被害の実態等を調査していれば,被害者が受けた被害の内容と自殺まで考え始めていた被害者の心身の状況を把握することができたとして,被告国について被害者の自殺の予見可能性を認めた。そして被害者に元気がないなど変調に気付かなかったとしても,それは単に部下に対する配慮を欠いていたものとみるべきであり,上記判断を左右するに足りないと判示した。ここでも実態を把握していれば認識し得た事実からすれば自殺を予見できたと判示しており,具体的な認識だけでなく,調査などを通じて把握し得た事実をも判断要素に取り込んでいる。
悪質かつ重大ないじめは,それ自体で必然的に被害生徒の心身に重大な被害をもたらし続けるものであり(福島地方裁判所いわき支部平成2年12月26日判タ746号116頁,判時1372号27頁)「いじめにより児童生徒が自らその命を絶つという痛ましい事件が相次いで発生している」ことは,公知の事実である(「いじめ問題への取り組みの徹底について」同日付文科初第711号文部科学省初等中等教育局長通知)。そして,悪質で重大ないじめを受けた子どもは,「いじめが収まるまで自分が耐えていけばよいと考えた挙げ句,耐え切れなくなって自殺を選ぶ」(平成18年以降のいじめ等に関する主な通知文と関連資料、資料2、40頁)。
子どもに普段と違った顕著な行動の変化が現れた場合には,自殺直前のサインとしてとらえる必要がある。たとえば,「職員室前をうろうろしていた」「ひとりでぽつんとしていた」などと語られることがある。子どもの場合には,言動の変化を注意深く見ていくことが必要である。子どもに何らかの行動の変化が現われたならば,すべてが直前のサインと考える必要があり,言葉ではうまく表現できないことも多いので態度に現われる微妙なサインを注意深く取り上げる必要がある(文部科学省「教師が知っておきたい子どもの自殺予防」第2章「自殺のサインと対応」参照)。
特に,行動,性格の突然の変化,顕著な行動の変化,自殺にとらわれている状況,孤立を深めている状況など,以下のような言動は,自殺のサインとして深刻に受け止めるべき事実であり,下記の通り,当該児童生徒に自殺の危険が迫っていることは,これら一般的な知見からすれば当然予見することができるものであった。
いじめに関する報道,通達等によって,いたずら,悪ふざけと称して行われている学校内における生徒同士のやりとりを原因として小中学生が自殺するに至った事件が続発していることが相当程度周知されており,中学生が時としていじめなどを契機として自殺等の衝動的な行動を起こすおそれがあり,トラブル,いじめが継続した場合には,被害生徒の精神的,肉体的負担が累積,増加し,被害者に対する重大な傷害,被害者の不登校等のほか,場合によっては自殺のような重大な結果を招くおそれがあることについて学校は予見することが可能というべきである(東京高判平成14年1月31日判時1773号3頁,判タ1084号103頁に同旨)。
特に,いじめを原因として小中学生が自殺するに至った事件の存在が相当程度周知されていたことなどから,中学生が「いじめ」などを契機として自殺などの衝動的な行動を起こすおそれが高く,トラブルが継続した場合には被害者の精神的,肉体的負担が増加し,自殺のような重大な結果を招くおそれについて予見することが可能である(横浜地裁平成13年1月15日判時1772号63頁,判タ1084号252頁)。具体的には,以下のような報道によっていじめを原因とする児童生徒の自殺事案は相当程度周知されており,教員にとって常識として身に付けておくべき知見である。
平成元年10月に岡山県鴨方町において暴行恐喝などのいじめを受けていた中学3年生の生徒が自殺した事案から,平成22年10月23日,群馬県桐生市の小学6年生の女子児童が,1年以上にわたるいじめを苦に自宅で自殺した事件まで,少なくとも30~40件以上の事案があるほか,「葬式ごっこ事件」として社会的に注目された中野富士見中学いじめ自殺事件(被害生徒が「このままじゃ生き地獄になっちゃうよ」と遺書に書き残したことでも知られている),愛知県西尾市の市立東部中学校2年の大河内清輝君が自殺した後に遺書が見つかり,悲惨ないじめの実態が社会問題になった大河内君いじめ自殺事件など,社会問題化した重大な事件を含む。これら事件は衝撃的ないじめ自殺として報道され,被害者となった児童生徒がいじめを苦に自殺する危険性があることは一般的にもよく知られているところである。
教育の専門職である教員であれば,これら報道された過去のいじめ自殺事案を踏まえて,いじめを発見した場合には最悪の場合,自殺に至るおそれがあることを常に予見しなければならず,また予見することは十分に可能である。
以下に述べるような,過去のいじめに関する報道等によって,いたずら,悪ふざけと称して行われている学校内における生徒同士のやりとりを原因として小中学生が自殺するに至った事件が続発していることは教員の間においても相当程度周知されており,中学生が時としていじめなどを契機として自殺等の衝動的な行動を起こすおそれがあり,いじめが継続した場合には,被害生徒の精神的,肉体的負担が累積,増加し,被害者に対する重大な傷害,被害者の不登校等のほか,場合によっては自殺のような重大な結果を招くおそれがあることについて学校は予見することが一般的に期待されると共に,これを常に予見するよう努めなければならない(東京高判平成14年1月31日判時1773号3頁,判タ1084号103頁に同旨)。
以下では,これまで一般に広く報道されたいじめを原因とする児童生徒の自殺事案を列記し,標準的,平均的な教員として有すべき,いじめを原因とする自殺に関する一般的な知見の水準を示す。
以上のように,中学生が「いじめ」などを契機として自殺などの衝動的な行動を起こすおそれが高く,トラブルが継続した場合には被害者の精神的,肉体的負担が増加し,自殺のような重大な結果を招くおそれがあることは,上記の報道などを通じて,教員にとって一般的な知見であるということができる(横浜地裁平成13年1月15日判時1772号63頁,判タ1084号252頁に同旨)。
また,報道のみならず,文科省もいじめ問題に関する施策を通じて,いじめが自殺につながる危険性の周知徹底を進めている。具体的に,文科省は平成21年3月には「教師が知っておきたい子どもの自殺予防」を,平成22年3月には「子どもの自殺が起きたときの緊急対応の手引き」を作成し,各教育委員会及び学校に配付していた。「教師が知っておきたい子どもの自殺予防」のマニュアル及びリーフレットでは,自殺の心理(自殺に追いつめられる子どもの心理)に関しての共通点として,孤立感,絶望感,無価値感(自尊感情の喪失),心理的視野狭窄など注意すべきポイントを一般的な知見として提示している。教育の専門職である教員としては,これら文科省が通知し,あるいは提供した資料,情報,マニュアル等に精通し,いじめを発見した場合には最悪の場合,自殺に至るおそれがあることを常に予見しなければならず,また予見することは十分に可能であるということができる。
公立学校の教員は,学校における教育活動及びこれに密接に関連する生活関係において,生徒の安全に配慮し,他の生徒の行為により,生徒の生命,身体や財産等が害されないよう,当該状況に応じて適切な措置を講ずる義務があると解される。特に,当該生徒がいわゆるいじめを受けている場合には,いじめの兆候を見逃さず,早期発見に努め,又はいじめの訴え等があった場合には適切に対応し,いじめの事実関係を把握し,いじめている生徒にも適切な指導を加えて,いじめを受けている生徒の生命や身体等の安全を確保することが求められるというべきである(鹿児島地判平成14年1月28日判時1800号108頁)。
文部省や教育委員会等の各種通知や資料等は,教育の専門家として求められる注意義務の措定について意義があると共に(上記鹿児島地判に同旨),予見可能性を検討する前提として,一般的,標準的な教員が通常有すべき知見(知識,経験,情報等)の基本的,平均的な水準を措定するものとしても意義がある。
平成21年3月27日,文科省は児童生徒の自殺予防について「子どもの自殺予防のための取組に向けて」(第1次報告)を受け,平成20年3月から調査研究協力者会議を設置し,学校現場における自殺予防方策について専門家や学校関係者による調査研究を実施した。同会議の取りまとめとして「教師が知っておきたい子どもの自殺予防」のマニュアルを作成し(以下,自殺予防マニュアルという),大津市教育委員会及び同市立皇子山中学校ほか,各教育委員会及び各学校に配付した。なお,皇子山中学校では,国の「自殺予防マニュアルマニュアル」の記載内容を一部引用して独自に策定した「皇子山中学校作成いじめ対策マニュアル」(乙イ11号証の1)を策定し,本件自死当時,実際に運用していた。
自殺予防マニュアル第2章「自殺のサインと対応」では9頁にわたって,子どもが生きるエネルギーを失って死を思うほど苦悩するとき,教師がどう向き合い,どう支えていったらいいのか,自殺の危険が高まった子どもへの具体的な関わり方について一般的な知見を提供している。以下はその具体的な内容である。
自殺はある日突然,何の前触れもなく起こるというよりも,長い時間かかって徐々に危険な心理状態に陥っていくのが一般的である。自殺にまで追いつめられる子どもの心理について次のような共通点を挙げることができる。
子どもに普段と違った顕著な行動の変化が現れた場合には,自殺直前のサインとしてとらえる必要がある。たとえば,「そういえば…,職員室前をうろうろしていたなあ」「ぼーっと,ひとりでぽつんとしていたよね」などと語られることがある。子どもの場合には,言動の変化を注意深く見ていくことが必要である。
子どもに何らかの行動の変化が現われたならば,すべてが直前のサインと考える必要があり,言葉ではうまく表現できないことも多いので態度に現われる微妙なサインを注意深く取り上げる必要がある。
自殺の危険が高まった子どもへの対応については次のようなTALKの原則が求められる。
文科省は下記の通り,いじめの具体的な定義の周知徹底を図り,いじめ行為の早期発見,対応を全国の教員に促してきた。これにより,担任を含む各教員は,この定義に基づき容易にいじめ行為を把握し,いじめ被害について迅速に対応することが可能な状況にあった。
自分より弱い者に対して一方的に,身体的・心理的な攻撃を継続的に加え,相手が深刻な苦痛を感じているもの。起こった場所は学校の内外を問わない。
なお,個々の行為がいじめに当たるか否かの判断を表面的・形式的に行うことなく,いじめられた児童生徒の立場に立って行うこと。
当該児童生徒が,一定の人間関係のある者から,心理的,物理的な攻撃を受けたことにより,精神的な苦痛を感じているもの。
なお,起こった場所は学校の内外を問わない。
児童等に対して,当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって,当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう(第二条一項)
文科省がいじめ被害と自死との関係で,教員に対して一般的な知見を提供する内容の書籍として紹介していた文献は下記の通りである。教員としていじめ行為を認識した場合には,自死に発展する危険性があることをこれら各文献から身につけておくべき水準を示すものである。
以上